玄斎
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空
フリーライター:モリ ミズノ
 
  少なからず恋をしてきた。そうじゃない一度きりの情事も含めたら、少なからず男性と体を重ねてきた。そのすべてを憶えてはいられないけれど、共通するある想いがあって、いまもって心の奥底でくすぶりつづけている。
  それは、「真の絶頂感に導いてくれた人はだれもいなかった」という、小さいけれど消えない失望感。 愛する人のそばにいられるだけで満足、なんていう奥ゆかしい女性もいるけれど、私はそうじゃない。愛する人ならなおさら、ふたつとない肉体の深淵にいざなってほしい。身も心もとろけるような壮大な快楽で私を圧倒し、心からの感謝を捧げさせてほしい。そう願いつづけているのだ。
  玄斎先生に出会ったのは、仕事を通じてだった。玄斎先生は、中国古典鍼灸学会代表幹事の肩書きを持つ気功師、鍼灸マッサージ師でもある。不感性やEDの治療も請け負っているという。依頼された仕事は、『性楽察法』という玄斎先生ならではの、女性の性感を開発する施術を体験取材するというもの。
  事前に渡された参考資料に目を通すと、いくつもの雑誌インタビューや著書で、玄斎先生はこう述べていた。「とくに女性は、セックスで『真の快楽』を得ることにより老化を食い止め、生涯みずみずしい心と体を維持できる。深い絶頂感を味わうことで、健全で満ち足りた人生を送れるようになる。心が枯れると肉体も枯れる、性欲を失うことは残りの人生を捨て去るのと同じ」
  おっしゃるとおり。まったく同感だ。同感だけれど、口ほどでもない男性をたくさん見ている私は、正直、その手腕にまだ懐疑的だ。ただ、玄斎先生が、いわゆる性感マッサージ氏と一線を画すのは、東洋医学的根拠に基づいた施術をするという点にある。ツボ刺激や気功も駆使して性感を高めるという、本格的な専門治療であることは、心強く、安心感がある。本番行為は断じてないのも、もちろんのこと。
  電話カウンセリングを受けて、いよいよ体験取材の日になった。待ち合わせのホテル到着の電話を入れると、直前になって不安を覚えたと思ったのか、玄斎先生は言った。「もうすぐ着きますよ。でも現れた私を見て、イヤだったら今日はそのままお帰りなさい。貴女が安心できるまで、何度でも電話で話をしていきましょう」と。ひどく優しい。果たして現れたのは、人なつこい笑顔と独特の威厳をたたえた、イメージどおりの玄斎先生だった。
空
 
  部屋に落ち着くなり、「相当な冷え性ですねえ」と言われた。まさにそのとおり、四十を過ぎてから尋常でない冷えに悩まされている。なぜ顔を見ただけでわかるのか訊ねると、相手の発するオーラから体質を読み取る、『望診』という東洋医学的診断法なのだそう。
  ほかにも玄斎先生は、私しか知らないことを次々と言い当てていった。必要以上に気を使う性格であること。やせガマンが得意であること。労働時間が過剰気味であること。そして「ふだんこれはしないんだけど」と言いながら、私の手首の脈を取った。「うーん、たぶん子供の時分かなあ、長い間不安や恐怖を味わってきたようだなあ。東洋医学でいう『腎虚症』と言う症状が出ている。貴女がイケないのは、今でもその怯えを引きずっていて、心のある部分が閉じてしまっているせいもある」
  ギョッとした。ぴったり当てはまる遠い記憶がよみがえり、目を丸くしたら、ひどく優しい微笑みを返された。「だれにも苦労を知られまいと笑ってみせてばかりきたんだね。でも本当は貴女は人一倍甘えん坊なんだよ」。思いがけなく熱いものが一気にこみあげ、なんと私は泣いてしまったのだった。日常生活ではもちろん、どんな映画や小説でも私を泣かせることができなかったから、これには驚き、うろたえた。一方で、心が不思議な癒し感に包まれているのを感じる。
  「貴女の場合、まずはちゃんと喜怒哀楽を吐き出すことが重要。セックスにも大きく影響するよ」。
  抑えこんだ感情はホルモン分泌を妨げ、結果水液や血液が停滞する。血のめぐりが悪いから体の冷えやむくみが出る。冷えればどうしても感度は鈍る―――これが腎虚症で、私の処々の悩みの根源なのだという。
  「私は占い師じゃないからね」と笑うものの、玄斎先生は「女性が真の快楽を得るためには、心の澱を洗い流す作業が不可欠」という信念を持っている。心を素直な状態にしないと体も素直に反応しない……。なるほど、自分の感情を押し込めるのは、私にとって処世術の要。物心がついたころから身につけているそのクセは、恋愛でも抜けなくて、自由奔放にふるまっているようでも、じつは相手の望みを真っ先に考えてしまう。そんな私の心を、玄斎先生の眼力は、私が押し込めるよりずっと早くすくいあげてみせたのだ。初対面とは思えない信頼感が、一気にわきあがっていた。
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  先にシャワーを浴び、全裸にホテルの浴衣を羽織って、ベッドにうつぶせる。シャワーを終えた玄斎先生は、まずは私のふくらはぎから足首にかけてさすり始めた。動き自体はふつうのマッサージのようだけど、行き来する先生の手のひらが、異様に熱い。「あったかいでしょう。今、手のひらから『気』を出しているからね」。
  それから左右の肩甲骨の上あたり、首の付け根のやや下を指圧された。ここは「肩井(けんせい)」という冷えに効果的なツボだそうだ。つづいてウエストの上、背骨の両脇にある「腎愈(じんゆ)」というツボをやや強めに刺激。腎臓の真上にある腎愈を刺激して血を送り込むと、ホルモン分泌が促されて、性感がグッと高まるのだそうだ。たしかに、早くも手足の先まで温まってきた。そのあと横向きになり、肩から肘を浴衣ごしにさすられる。『気』の効果か、手のひらの熱が気持ちをほぐしていくように、しだいに思考停止状態に。
  うつぶせに向きを変え、浴衣を静かに脱がされた。玄斎先生は両の手のひらにオイルをたらし、お尻の上で円を描き始める。オイルマッサージだ。お尻から腰、背中へと、熱くてヌルヌルとした手のひらが這うにしたがって、全身が燃えるように熱くなる。ふたたびお尻に戻った手が、両の肉をブルブルと小刻みに動かし始めた。振動が股間にも伝わって、そこがジンジンと脈打ちだしたのを感じる。はっきり、性欲がわき始めている。
  たっぷりとオイルマッサージされたあと、仰向けに。玄斎先生は乳房を大きくゆっくりと撫で回し、それから手の甲に乳首を触れさせて小刻みに震わせた。子宮を揺さぶるような快感に、つい腰がよじれる。曲げたその脚を抱えて腿の内側、膝頭に膝の裏と、先生は全身をくまなく、長い時間をかけてじっくりと撫でさすっていく。
  ここまで、ゆうに一時間以上。挿入以前に、こうした充分な前戯こそがセックスの核なのだと玄斎先生は言う。まあ、これほど念の入った愛撫を受けたことはない。なんという気持ちよさなんだろう。染み入るように、温かい。ふんわりとほてった体は、まるで自分のものではないみたいだ。喜びに胸がしめつけられる。
  やがて恥骨の盛りあがりが熱い手ですっぽりと包まれると、急に勢いのいい振動が。どんな動かし方をしているのやら、まるで電気じかけのバイブそっくりの感覚。思わず声をもらしてしまう。そのうちにふと振動がやみ、薄目を開けると、指サックをはめた玄斎先生が、ニコッと笑いかけてきた。
  ん、と思うなり、割れ目にするりと滑り込んだ。クリトリスから膣口、肛門まで、触れているようないないような、絶妙なタッチで撫でられる。ひどく敏感に感じる。明らかにふだんのセックスとは感度がちがっている、それがよくわかる。
  愛液がシーツに流れ落ちる感覚に自分でも驚いていると、軽く中を探られ、次の瞬間、突きあげる快感に大きくのけぞった。同時に閉じていた目が開き、無意識にあげているらしい自分の声が耳に飛び込んできた。「あー、あー、あー!」。玄斎先生は、その部分の奥を指先で強く刺激していく。不覚にも気が動転してしまい、どこをどう刺激されているのかわからない。でも、膣そのものはそう奥行きがあるわけじゃない。つまり、これまでのセックスでも当然突かれていたはず。なのに、初めて味わう感覚で、初めて触られる場所に思えた。そして、たしかに感じた。そこが、深い絶頂感への入り口だという、待ちこがれていたうれしい予感。やっとたどり着いたんだ、と。
空
 
  どちらかといえば、私は自分を強い女だと思ってきたのだった。けれど、玄斎先生の前では、どんな生活をしていようと何歳であろうと、女性はだれしもひとりの孤独な幼女でしかない。
  「これからは、男性にはうんと無邪気に甘えなさい。抱っこしてもらう。頭を撫でてもらう。子供のころできなかったことをセックスの時にしてもらうの。心が温まって血のめぐりがみるみるよくなる。感度が高まる。冷えも直る。気力がわいて若返り、人生がどんどん輝いていくよ」。
2時間以上の施術にもかかわらず、優しさと希望にあふれる言葉。私はその心地よい響きにゆらゆらと漂いながら、ひとりでも多くの悩める女性に、玄斎先生の存在を知ってほしいと、せつに思った。
  肉体的快感を追求するなんてはしたないとか、ふしだらだとか、セックスは男性主体で自分の快感は二の次。そんな封建的通念に縛られている彼女たちが、きつい縄をふっと解かれて、熱い生き血がみるみるかけめぐる。そして短編であれ長編であれ、その心と体なりのハッピーエンドにたどり着く。それがうしろめたいこと、恥ずかしいことであるわけがない。女として送る人生のなかで、得るべき大切なひとつの答え―――肉体よりむしろ心、けがれのないその魂こそが、長く待ち望んでいるものなのだから。
Profile:モリ ミズノ
独自の視点を持ち、多方面で活躍する新進ライター。現代の性文化・性風俗を主なフィールドにしている。神奈川県生まれのアラフォー・シングルマザー。